大阪地方裁判所 昭和36年(レ)251号 判決 1963年12月25日
控訴人 藤井澄子
右訴訟代理人弁護士 香川文雄
同 佐野正秋
被控訴人 木下正龍
右訴訟代理人弁護士 西橋儀三郎
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し別紙目録記載の建物を明け渡し、かつ、昭和三三年八月一日から右明渡済に至るまで、一ヶ月金六、〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、
一、控訴人を申立人とし、被控訴人および訴外坂口茂照を相手方とする大阪簡易裁判所昭和三〇年(ユ)第七二号家屋明渡等調停事件において、昭和三〇年七月二九日、控訴人と被控訴人との間に、「控訴人は、その所有にかかる別紙目録記載の建物(以下、本件建物と略称する。)を、被控訴人に対し、期間は、昭和三〇年八月一日から昭和三二年七月末まで、賃料は、昭和三〇年一二月末日までは一ヶ月金五、〇〇〇円、昭和三一年一月一日以降は一ヶ月金六、〇〇〇円とし、毎月末日に控訴人方で支払うとの約で、賃貸する。」旨の条項の調停が成立した。
二、(第一の請求)。
(1) 右調停は、その条項中に賃貸という語が用いられているけれども、控訴人被控訴人間に新たな賃貸借契約を締結したものではなく、被控訴人において、本件建物の明渡義務を認め、控訴人において、その明渡を二年間猶予した趣旨のものである。
即ち、本件建物は、もと、控訴人が前記坂口に賃貸していたものであるが、右坂口が突然行方不明となり、これと同時に、被控訴人が、控訴人に無断で、本件建物に入居し、その使用を始めるようになつたものであつて、被控訴人の本件建物に対する占有使用は、本来無権限不法のものであつたこと、一方、後記のとおり、控訴人において、本件建物を自ら使用する必要があつたこと等の事情から、控訴人は、右調停事件において、被控訴人に対し、本件建物の即時明渡を求めたのであるが、被控訴人の懇請により、やむなく、二年間の明渡猶予を与えることとして、右調停が成立するに至つたのであつて、右の趣旨は、調停条項中の、「昭和三〇年八月一日以降期限を昭和三二年七月末限」という文言によつても明らかである。
(2) そうだとすれば、昭和三二年七月三一日の経過により、右明渡猶予期間は満了し、右明渡義務の履行期が到来したので、控訴人は、被控訴人に対し、本件建物の明渡と、右履行期の後である昭和三三年八月一日から右明渡済までの、本件建物の賃料相当額の損害金の支払を求める。(右履行期の翌日である昭和三二年八月一日から昭和三三年七月末日までの損害金は、後記のとおり、既に被控訴人から受領している。)
三、(第二の請求)。
仮りに、右調停の趣旨が、前記のようなものでなく、控訴人と被控訴人との間に、新たな賃貸借契約を締結したものであるとしても、その賃貸借契約は、次に述べる理由により終了したので、控訴人は、被控訴人に対し、右賃貸借契約の終了を原因とする本件建物の返還義務の履行と、右賃貸借契約終了の日の後である昭和三三年八月一日から右返還済までの、本件建物の賃料相当額の損害金の支払を求める。(右賃貸借契約終了の日の翌日である昭和三二年八月一日から昭和三三年七月末日までの損害金は、後記のとおり、既に被控訴人から受領している。)
(1) 右賃貸借契約は、前記二、(1)、記載の事情に照らしても明らかなとおり、期間を二年とする、一時使用のためのものであつて、借家法の適用はなく、昭和三二年七月三一日の経過とともに、期間の満了によつて、終了した。
(2) 仮りに、右賃貸借契約に借家法の適用があるとしても、控訴人は、被控訴人に対し、昭和三二年七月九日到達の同月三日付内容証明郵便により、右賃貸借契約の更新を拒絶する旨の意思表示と、右賃貸借契約の解約申入の意思表示とを、兼ねてなした。
右各意思表示には、正当の事由があるので、更新拒絶の意思表示が有効であれば、昭和三二年七月三一日の経過により、更新拒絶の意思表示が無効であるとしても、解約申入に基き、昭和三三年一月九日の経過により、右賃貸借契約は終了した。
正当事由の詳細は、次のとおりである。
(イ)、控訴人の居住する家屋は、階下と二階に、四畳半各一間の二間があるだけで、ここに、控訴人とその子、父、母、妹の五名が居住し、階下に父母が、二階にその余の三名が、それぞれ就寝している状況である。右家屋は、もともと、控訴人の父母が居住して、電気商を営んでいたものであるが、控訴人が、その子を連れて帰つて来て、スタンドバーに改造した結果、右電気商を継続することも不可能となつたのである。
(ロ)、本件建物は、極めて原始的なバラツクであつて、その地下には使用に耐えない地下室があり、地下水が充満して、その湿気のため、建物の保存上も危険な状態であるし、また、本件建物を現状のまま現在の場所に放置することは、土地の社会的利用の見地からも、極めて非経済的である。控訴人は、昭和三四年春頃、本件建物に隣接する、自己および妹精子各所有の家屋各一戸を改造したが、その際、本件建物をも同時に改造すべく計画していたのに、被控訴人が、これを明け渡さなかつたため、その計画が実行できなかつたのである。
(3)仮りに、右(1)、(2)の主張が理由がないとしても、控訴人は、昭和三五年六月七日の原審口頭弁論期日において、同年五月二五日付控訴人準備書面に基いて陳述することにより、被控訴人に対し、右賃貸借契約の解約申入をした。
右解約申入の事由は、右(2)、(イ)、(ロ)に記載のとおりであるが、なおその正当性を補強するため、控訴人は、昭和三八年一〇月二三日の当審口頭弁論期日において、被控訴人に対し、被控訴人が移転先を探す等の期間を考慮して、本件建物の明渡を、昭和三九年または昭和四〇年の七月末日まで猶予するとともに、その明渡と引換に、金三〇〇、〇〇〇円を限度として、裁判所の相当と認める額の移転料を支払う旨の申出をする。
と述べ、被控訴人の主張に対し、
一、控訴人は、被控訴人が、当初本件建物に入居するにつき、これを承諾したことはない。
二、被控訴人が、その主張のとおり供託をしていること、控訴人が、被控訴人の供託金中から金七二、〇〇〇円を受領したことは認めるが、右金員は、賃料としてではなく、損害金として受領したものである。
三、控訴人所有の建物は、本件建物と、控訴人が現在住んでいる建物だけであつて、被控訴人が、控訴人が他に賃貸していると主張する家屋は、控訴人の妹精子の所有である。
と述べ、
立証として≪省略≫
被控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、請求の原因に対する答弁および抗弁として、≪省略≫
理由
一、(第一の請求について)。
(1)、控訴人と被控訴人との間に、控訴人主張のような条項の調停が成立したことは、当事者間に争がない。
(2)、控訴人は、右調停は、控訴人、被控訴人間に賃貸借契約を締結したものではなく、被控訴人において、本件建物の明渡義務を認め、控訴人において、その明渡を猶予した趣旨のものであると主張するので、この点について判断する。
≪証拠省略≫を総合すると、控訴人は、昭和二八年八月頃、本件建物を、訴外坂口茂照に対し、期間は三年として、賃貸したこと、右坂口は、本件建物において、バーを営んでいたが、営業不振のため、同年一二月頃、その賃借権を被控訴人に譲渡して、本件建物から退去し、爾後、被控訴人が、本件建物に居住して、飲食店営業をしていたこと、控訴人は、右坂口から被控訴人に対する本件建物の賃借権の譲渡の承諾を求められたが、確定的な承諾を与えぬ内に右のように被控訴人が本件建物に居住するようになり、結局右譲渡を承認せず、被控訴人から提供された賃料の受領を拒絶し、被控訴人に対し、本件建物の明渡を再三請求し、遂に、被控訴人と右坂口を相手方として、大阪簡易裁判所に、本件建物明渡の調停を申し立てたこと、控訴人は、これより先、本件建物について、訴外武田卯三郎との間に代物弁済予約を結び、これを担保に、同人から金員を借り受けていたところ、右調停申立の当時、その債務額は金二〇〇、〇〇〇円を超え、その支払ができないため、右代物弁済予約の完結により、本件建物の所有権を失うべき窮況にあつたこと、そこで、右調停手続中、控訴人、被控訴人間において、控訴人は、被控訴人に対し、本件建物を、期間は昭和三〇年八月から昭和三二年七月三一日まで二ヶ年として、賃貸し、被控訴人は、敷金二〇〇、〇〇〇円を控訴人に差し入れるべく、控訴人は、これを右武田に対する債務の弁済にあてること、右武田は、右金二〇〇、〇〇〇円を受領すると同時に本件建物につきした仮登記の抹消登記手続をするとの契約が成立し、被控訴人は、右武田に右約旨どおり金二〇〇、〇〇〇円を支払つたことを認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(3)、そうだとすれば、右調停において、被控訴人が、本件建物の明渡義務を認めたことを理由とする控訴人の第一の請求は、失当である。
二、(第二の請求について)。
(1)、控訴人、被控訴人間に、本件建物の賃貸借契約を内容とする調停が成立したことは、右認定のとおりである。
(2)、控訴人は、右賃貸借契約は、一時使用のためのものであり、約定の二ヶ年の期間の満了により終了したと主張するが、右賃貸借契約が一時使用のためのものであることを認めるに足る証拠はなく、かえつて、右認定の調停に至る経緯、及び調停条項ならびに、被控訴人が、従前から本件建物に居住して、飲食店営業をしていたものである事実を考えあわせると、右賃貸借契約は、被控訴人の居住および営業のためになされたもので、借家法の適用のある通常の賃貸借契約であると認められるから、控訴人の右主張は採用できない。
(3)、控訴人は、正当事由に基き、被控訴人に対し、昭和三二年七月九日被控訴人に到達の書面で右賃貸借契約の更新拒絶と解約申入の各意思表示を、あわせてしたと主張するが、右賃貸借契約の期間の定めは、昭和三〇年八月一日から昭和三二年七月三一日までの二ヶ年であつたこと、右賃貸借契約は借家法の適用を受けるものであることは、いずれも前記認定のとおりであり、かつ、民法および借家法の規定によれば、更新拒絶の意思表示は、期間満了前六月ないし一年内にこれをなすことを要し、期間の定めある賃貸借契約については、解約の申入をなすことができないものであることが明らかであるから、右各意思表示の存否、正当事由の有無を判断するまでもなく、右主張は失当である。
(4)、次に控訴人が、昭和三五年六月七日の原審口頭弁論期日においてなしたと主張する解約申入の意思表示について判断する。
本件賃貸借契約は、前記認定のとおり期間の定のあるものであり、控訴人が昭和三二年七月九日にした更新拒絶は、その効力がなく、他に期間満了前六月ないし一年内に控訴人が被控訴人に対し、更新拒絶の意思表示をしたことにつき主張立証がないから、右賃貸借は、前記期間満了の際借家法第二条第一項により更新され、その後は、期間の定めのない賃貸借となり、控訴人は、正当の事由がある場合に限り解約の申入をすることができるものと解すべきである。控訴代理人が、被控訴代理人が在廷する昭和三五年六月七日の原審口頭弁論期日において、同年五月二五日付準備書面に基いて陳述したことは、本訴記録によつて明らかであり、弁論の全趣旨によると、右陳述は、本件建物賃貸借契約の解約申入の意思表示を含むものと解するのが相当であるから、進んで、控訴人が、右解約申入をなすについて、正当の事由を有するか否かについて考える。
(イ)、≪証拠省略≫によれば、右解約申入のなされた昭和三五年六月頃、控訴人は、本件建物に南接する控訴人所有の木造二階建家屋に、父、母、子、妹の四人とともに居住し、同所でスタンドバーを営んでいたこと、右居住建物の階下の一部は、右スタンドバー営業のために使用し、二階の一部は、控訴人の父の電気工事業のために、材料置場、仕事場として使用していたので、右建物中、居住の用に供し得る部分は、わずかに、階下の四畳半の室と、二階の約六畳位の室だけであり、控訴人等五名が生活するには、極めて手狭な状態にあつたことが認められる。
しかしながら、右各証拠および原審における被控訴人本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によると、控訴人が、嫁ぎ先から帰つて、その父等と五人で、現住家屋に住むようになつたのは、昭和二八年八月頃であり、従つて、前記解約申入当時における控訴人の居住状況と、控訴人、被控訴人間に本件建物の賃貸借契約が締結された昭和三〇年七月頃における控訴人の居住状況とを比較すると、昭和三四年頃、従来控訴人の父が電気工事業に使用していた階下の店舗部分をスタンドバーに改造して、控訴人が、その営業を始めた点、同年春頃、控訴人が居住していた家屋を改築して、その一部を店舗として他に賃貸した点を除けば、両者は、殆んど差がないものと認められる。そして、右改造転業および改築賃貸は、いずれも、控訴人において、その居住状態を改善、合理化するためにしたものであつて、これにより、現実に、その居住状態が改善されたものと推認すべく、仮りに、右改造等により、控訴人の居住に不都合な点が生じたとしても、それは、控訴人が、自己の判断により、自ら招来した結果であつて、これを、被控訴人に対する右賃貸借契約解約申入の正当事由の一として主張することは許されないものと解すべきである。
そうだとすれば、控訴人において、本件建物を自ら使用する必要性は、右契約締結時と、右解約申入時とにおいて、大差ないものと認められる。
(ロ)、≪証拠省略≫によれば、本件建物の所在地は、南海電鉄難波駅の西北約一〇〇メートルで、賑橋、難波間の市電通に面し、戎橋筋繁華街に近い、事務所、住宅の混在した商店街であること、本件建物は、終戦直後の昭和二二年頃建築された平家建建物であつて、相当古いものであること、本件建物と同時に建築された控訴人現住建物は、昭和三四年春、控訴人において改築したことが認められる。右各事実によれば、本件建物を現状のまま存続させることは、その敷地の利用方法として適切なものではないことが認められる。
一方、≪証拠省略≫によれば、本件建物には、約二坪の地下室があつて、これに水がたまり、そのため柱が腐りやすい等、本件建物の保存上不都合な点があること、しかしながら、本件建物は、被控訴人において、腐朽した柱を取り替え、その他の修繕をする等して現在に至つているものであつて、いま直ちに改築し、あるいは大修繕を加えなければ、その建物としての効用が全うできず、あるいは、他に危険をおよぼすという程度にまで立ち至つているものではなく、適当な修繕を加えることにより、その効用を保持し得るものであることが認められる。
そうだとすれば、控訴人は、本件建物の保存のためにする修繕行為をなすべく、被控訴人に、その受忍を求めるのはともかく、本件建物の存在が、土地利用上適当でないとの理由のみで、右賃貸借契約の解約申入をすることはできないというべきである。
(ハ)、≪証拠省略≫によれば、被控訴人は、昭和二八年一二月頃、本件建物に入居して以来、飲食店営業を続け、右解約申入のあつた当時には、ようやく、相当の顧客もでき、安定した営業をなし得る程度にまで達していたこと、被控訴人は、本件建物について、屋根瓦を全部修繕し、床下にコンクリートを張る等、相当額の出費をしていること、右のような事情から、被控訴人において、本件建物に代る家屋を探して移転し、新たに営業を始めることは、極めて困難であるとともに、不利益でもあることを認めることができる。
(ニ)、右(イ)ないし(ハ)の事情と、前記一、の(2)において認定した本件建物賃貸借契約の成立に至る経緯とを考えあわせると、控訴人の右賃貸借契約の解約申入には、未だ正当の事由がないものというべく、右解約申入は、その効力を生じないのであつて、控訴人の右解約申入に関する主張もまた理由がない。
なお、控訴人は、右解約申入について、その正当事由を補強するため、明渡期限の猶予ならびに移転料支払の申出をする旨主張するけれども、本件記録に照らして明らかなとおり、控訴人の右申出は、昭和三八年一〇月二三日の当審口頭弁論期日においてなされたものであつて、昭和三五年六月七日になされた右解約申入の解約申入期間経過後のことに属するから、これを、右解約申入についての正当事由の判断に斟酌し得ないものであるといわねばならない。
(5)、控訴人のした明渡期限の猶予ならびに移転料支払の申出を、昭和三五年六月七日になされた解約申入の効力の判断について斟酌し得ないものであることは、右説明のとおりであるが、なお、控訴代理人が、被控訴代理人が在廷する昭和三八年一〇月二三日の当審口頭弁論期日において、右各申出をする旨陳述したことを目して、控訴人が、被控訴人に対し、右各条件の供与を伴う、新たな解約申入の意思表示をしたものと解することができるので、右解約申入の効力について判断する。
(イ)、前記(4)の(イ)ないし(ハ)において認定した諸事情が、右解約申入時である昭和三八年一〇月頃においても、ほぼ同様の状態であることは、右認定に供した各証拠および弁論の全趣旨により明らかであり、右事実および前記一、(2)において認定した事実のみによつては、未だ解約申入について正当の事由があるといえないことは、前記のとおりである。
(ロ)、そこで、控訴人の移転料支払の申出について考えるに、右認定の諸事情、殊に、前記(4)、(ハ)の事情と、控訴人においては、本訴提起の前後を通じて、被控訴人との間で、本件建物賃貸借契約を円満に合意解約できるように、誠意をもつて交渉する等、相当の努力をした事跡もみあたらず、当審最終口頭弁論期日に至つて、初めて一方的に定めた金額(三〇〇、〇〇〇円)による、移転料支払を申し出たにすぎない事実、右金額程度の金員により被控訴人が他に適当な店舗兼住宅を入手することができる可能性のあることを認めるに足る証拠がないことを考えあわせると、右移転料支払の申出は、未だ、右解約申入について、その正当事由を補強するに足りないものといわねばならない。
(ハ)、次に、控訴人の、明渡期限猶予の申出について考えるに、右申出は、以下に述べるとおり、本来、解約申入の正当性を補強する事由とはなり得ないものと解する。
即ち、右申出の趣旨が、真正な意味での明渡期限の猶予であるとするならば、右申出以前に、解約申入が有効になされたことを要するのであつて、解約申入が正当事由を具備せず、その効力を生じないときは、真正な意味での明渡期限の猶予というものはあり得ない筋合であるし、また、右申出の趣旨が、借家法所定の解約申入期間を延長することにより、同法所定の正当事由を軽減しようとするものであるとすれば、借家法は、そのような事態を予想していないのであり、解約申入期間を延長する点はともかく、解約申入について正当事由を、同法の予想しているそれよりも軽減する結果となる点において、借家人保護を目的とする同法の精神に反することとなるから、そのような申出によつて、解約申入の正当性を補強することを認めることはできない。
(ニ)、従つて、右解約申入も、その申入当時、すでに正当事由を備えないものであるから、解約申入期間の経過の有無にかかわらず、その効力を生じない。
(6)、以上説明のとおり、控訴人、被控訴人間の本件建物の賃貸借契約は、有効に存続しているのであつて、その終了を原因とする控訴人の第二の請求もまた理由がない。
三、控訴人は、昭和三三年八月一日以降本件建物の明渡済まで賃料相当の損害金(弁論の全趣旨によつても賃料の請求を含むものとは解せられない。)を請求しているが、既に認定したとおり右建物の賃貸借契約は、有効に存続しているのであるから、右損害金の請求は失当である。
四、従つて、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡野幸之助 裁判官 美山和義 丸山忠三)